自筆証書遺言は手軽に作成することができる遺言ですが、法律の要件を満たしていなかった場合に、無効となってしまう可能性があります。
そうなったときに、あなたの財産をめぐって相続人が争いを起こす・・・想像するだけでとても悲しいことです。
ですが、そのような相続についての争いが、多く発生しているのが現状です。
遺言の種類には、通常の「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」と、緊急事態における遺言として「特別方式の遺言」があります。
この記事では、自筆証書遺言について見ていきます。
相続人である配偶者や子供のために作った遺言が、無効になってしまった・・・といったことにならないように、どのように遺言を作るべきか一緒に考えていきましょう。
1.「自筆証書遺言」とは何か?
まずは自筆証書遺言とはどのようなものでしょうか?
また、遺言について基本から知りたい方はこちらの記事も合わせてどうぞ。
1)自筆証書遺言とは
民法では、自筆証書遺言は次のように定められています。
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
民法「第九百六十八条 自筆証書遺言」より抜粋、筆者強調表示
自筆証書遺言は、遺言の全文・日付・氏名を手書きしてする必要があります。
手書きが要件であるため、PC・ワープロでの作成や、口述録音による作成では無効となります。
押印は、実印以外の認印や拇印でも効力に影響はありません。
ただし、偽造や変造を防ぐ目的から、一般的には実印を使用します。
また、日付を明記することが必要ですので、「1月吉日」といった特定できない日付の書き方では無効となります。
上記の要件を満たした「自筆証書遺言」のサンプルを見てみましょう。
このサンプルはPCで作成したものですが、先ほどお伝えした通り、すべてを自書(手書き)することが必要ですのでこの点は注意が必要です。
2)財産目録の自書についての要件の緩和
2019年1月13日以降に適用された民法改正によって、自筆証書遺言のルールが変更され、財産目録は手書き以外も認められるようになりました。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
民法「第九百六十八条 自筆証書遺言」より抜粋、筆者強調表示
改正前の規定では、全文を手書きすることが求められていたため、財産の数が多いケースで「それぞれを誰に渡すか」ということを個別に記載しようとした場合、作成の手間が非常に多く大変でした。
そのような実務上の要請を受け、民法の改正によって、上記に添付する財産目録についてはPCやワープロ等で作成することが可能となりました。
ただし、財産目録はページごとに署名し、押印する必要があります。
3)誤りの修正
手書きしている途中で書き損じてしまうことや、完成後に一部を修正したいケースは多いと思います。
そういった場合に、誤って記載してしまった箇所の修正方法も、民法に定められています。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
民法「第九百六十八条 自筆証書遺言」より抜粋、筆者強調表示
自筆証書遺言の作成中に書き損じをしてしまった場合には、その場所を指示し、変更内容を記載して、署名・押印をする必要があります。
具体的には、次のように修正します。
- 書き損じしてしまった箇所に取り消し線を引く(例:「
1000」) - 取り消し線を引いた箇所の付近に変更内容を記載する(例:「2000
1000」) - 変更箇所と変更の旨を付記して署名・押印をする(例:余白などに「第〇項〇行目「1000」の文字4字を削除し、「2000」の文字4字を加えて変更する。甲野太郎」)
このように、修正方法は細かく定められていますが、この方式に沿っていない場合、修正は無効となってしまうのでしょうか?
最高裁判決の事例で、指定の修正方法でない場合でも遺言の変更が認められているケースがあります。
自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については、たとえ同項所定の方式の違背があつても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから、右の方式違背は、遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第六七八号同四七年三月一七日第二小法廷判決・民集二六巻二号二四九頁参照)。しかるところ、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件においては、遺言者が書損じた文字を抹消したうえ、これと同一又は同じ趣旨の文字を改めて記載したものであることが、証書の記載自体からみて明らかであるから、かかる明らかな誤記の訂正について民法九六八条二項所定の方式の違背があるからといつて、本件自筆証書遺言が無効となるものではないといわなければならない。
出典:裁判所・最高裁判所判例集「昭和56(オ)360」より抜粋、筆者一部強調
裁判所の判例で、やや難解に感じるかもしれませんので、強調表示の箇所に注目して解説します。
明らかな誤記の訂正については、民法が定める厳密な方式を満たしていない場合でも、遺言者の意思を確認するのに支障がないため、遺言の効力には影響を及ぼさないとの判断が示されています。
そのため、多少の柔軟性はあると考えて良いかもしれません。
しかし、遺言はその性質上、亡くなった後に明らかになるものであるため、後で修正ができません。
自筆証書遺言の修正を行う場合には、できる限り指定の形式を満たすように修正を行うことで、なるべく修正が法的に認められない事態を避けることをお勧めします。
ここまでは、自筆証書遺言の法的な要件を確認してきました。
次に、自筆証書遺言のメリット・デメリットを確認してみます。
2. 自筆証書遺言のメリット
自筆証書遺言のメリットは次の3つです。
- 証人不要で、手軽に作成できる
- 法務局保管制度の活用による遺言の保護
- 遺言の存在・内容を秘密にできる
1つ1つ、見ていきます。
1)証人不要で、手軽に作成できる
自筆証書遺言は、唯一証人を必要としない遺言です。
そのため、遺言を残す人が単独で作成することができ、費用がかからないことがメリットです。
その他の遺言の方式である「公正証書遺言」「秘密証書遺言」を作成する場合には、証人を立てる必要があります。
配偶者や子供、実の父母などの近い親族は、民法の定めで証人になることができません。
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人民法「第九百七十四条 証人及び立会人の欠格事由」より抜粋
そのため、証人を選んで、協力をお願いすることに苦労をするかもしれません。
一方で「自筆証書遺言」の場合には、証人を立てる必要がなく、遺言者が遺言を単独で作成することができるため、比較的気軽に作成することができると言えます。
また、自筆証書遺言は自分で作成することができるため、無料で作ることができます。
公正証書遺言の場合には、遺産総額に応じて数万円~数十万円、秘密証書遺言の場合には、11,000円の公証人手数料が費用としてかかりますので、この点も自筆証書遺言のメリットであると言えます。
2)法務局保管制度の活用による遺言の保護
2020年7月10日から、法務局で自筆証書遺言を保管する制度が創設されました。
自筆証書遺言は、遺言者が作成したものに封をした上で、自宅の金庫などで保管されることが一般的でした。
しかし、この場合遺言を紛失してしまったり、相続人が見つけた遺言を破棄・変造してしまうケースがありました。
それに対して、自筆証書遺言の法務局保管制度を活用した場合は、自筆証書遺言の原本が法務局で保管されるため、紛失・偽造・変造を防ぐことができます。
出典:法務省「法務局における自筆証書遺言書保管制度について」
そして、実際に相続が発生した後、つまり遺言を書いた人が亡くなったときには、相続人によって遺言の証明書の交付請求、遺言の閲覧請求が可能となります。
また、相続人の1人が遺言の証明書を交付したり、遺言の閲覧をした場合、他の相続人には遺言が保管されていることが通知されます。
そのため、相続人の1人が遺言書の閲覧をしたあと、その他の相続人の権利を害するために、その遺言の存在を隠すといったことを防ぐことができます。
3)遺言の存在・内容を秘密にできる
自筆証書遺言の場合、遺言者が単独で作成することができます。
そのため、遺言が存在すること自体や、その内容を秘密にすることができます。
摘出子以外の子供の認知を記載した遺言など、なんらかの事情があって相続人に秘密にしておきたい・・・そのような場合にも利用することができます。
また、自筆証書遺言の法務局保管制度を活用した場合、遺言者が生存している間は遺言者以外は遺言の閲覧などを行うことはできませんので、秘密性は守られます。
また、公正証書遺言は証人が必要になりますが、文章の形式も含めて遺言が正しく残される制度です。
遺言の作成を検討する際には、公正証書遺言のメリット・デメリットも把握した上で判断することをおすすめします。
では、自筆証書遺言にはどのようなデメリットがあるでしょうか?
3. 自筆証書遺言のデメリット
自筆証書遺言の最大のデメリットは、形式不備により遺言者の思いが正しく伝わらない可能性があることです。
自筆証書遺言を自宅保管した場合の、一般的なデメリットは次の3つです。
- 紛失・偽造・変造のリスク
- 死後の家庭裁判所検認手続きの負担
- 形式不備により無効となる可能性
ただし、このうち1と2については「法務局に自筆証書遺言書を保管する制度」を使うことで、回避することができます。
そのため、自筆証書による遺言は活用メリットが大きくなっていると言えます。
ただし、制度を活用しなかった場合はデメリットが残りますので、ここではそれぞれ解説を行います。
1)紛失・偽造・変造のリスク
法務局保管制度を活用しなかった場合、自宅などで遺言を保管することになります。
そのため、遺言書自体を紛失してしまったり、遺書が発見されない可能性があります。
また、相続人などに遺言を偽造・変造・破棄されてしまうことも考えられます。
亡くなった後に最終意思をしっかりと遺すためにも、法務局保管制度の活用や銀行の貸金庫などへの保管を検討することをお勧めします。
2)死後の家庭裁判所検認手続きの負担
法務局保管制度を活用しなかった場合、遺言を書いた人が亡くなった後に「家庭裁判所の検認」を行う必要があります。
検認とは、遺言者が亡くなった後に、家庭裁判所において相続人の立ち会いのもと、裁判官が遺言を開封する手続きを行うことです。
検認手続をせず、封印されている遺言を開封した場合には、5万円以下の過料が課せられることもあるため、注意が必要です。
また、家庭裁判所の検認手続きには約1か月~2か月程度の期間が掛かるとともに、家庭裁判所に実際に行く必要があることから、相続人が遠方に住んでいる場合などは特に大きな負担になります。
なお、検認手続きは遺言の偽造・変造を防ぐために義務付けられた制度であり、遺言の有効性を確認するものではありません。
そのため、検認手続きは行ったものの、その後形式不備などにより遺言が無効になることはあり得ます。
3)形式不備により無効となる可能性
1章で民法に触れた通り、自筆証書遺言は形式は法律で定められています。
そのため、法律が求める形式を満たさなかった場合には、遺言が無効とされることがありますので、作成には細心の注意が必要です。
また、法務局保管制度でも「遺言が形式的な要件を満たしているか」といった有効性の確認は行われません。
いずれの場合も、形式はしっかりと確認することをお勧めします。
この章では、自筆証書遺言のデメリットを確認してきました。
法務局保管制度はとても有益な制度ですが、この制度の活用有無に関わらず、法律に定める形式を満たさなかった場合には、遺言自体が無効となってしまう可能性がある点が大きなリスクです。
まとめ
この記事では、遺言者の思いを相続人に遺すための方法である遺言の1つ「自筆証書遺言」について取り上げてきました。
自筆証書遺言は、ペンと紙と印鑑さえあれば作成できるという手軽さがあります。
その一方で、法律に定める形式を満たしていない場合には、無効となってしまう可能性があるため、作成にあたっては注意が必要です。
遺言を確実に残したい場合は、公正証書遺言が選択肢となるため、比較して検討を進めることをお勧めします。
また、遺言は相続対策の有力な一つの手段ですが、できればそれだけではなく、生前に相続の相談を行い、相続税対策や生前贈与を行うことで、相続人へスムーズに資産を移転することが望ましいと思います。
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